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カズオ・イシグロ『クララとお日さま』

カズオ・イシグロさんの小説「クララとお日さま」を読みました。

孤独と弱さ。如何にして閑暇と向き合うか。
科学や文化は移ろえど人間の本質は変わらない。

カズオ・イシグロ作品について

ある日Amazon Prime Videoから綾瀬はるか主演の「わたしを離さないで」をオススメされて見たところ、これが面白い。
臓器提供するためにクローンとして生まれ育った若者たちの物語ですが、人間の尊厳や本能と重なる部分があり痛く感動しました。
タイトルである「わたしを離さないで」という言葉が何を意味するかを深く考えさせられる作品でもありました。
過去には2010年にイギリス版映画として、日本では2014年に舞台化もされています。

カズオ・イシグロ小説の映像化は、以前もAmazon Primeでアンソニー・ホプキンス主演「日の名残り」を鑑賞しましたが、淡々と進む日々を通して蓄積されるまさに「名残り」のようなもの。ふくみがあり人間的で、こちらも大変よい作品でした。

さらにある日ぼーっとネットを見ていたら、新刊発売とのことで早速単行本を入手しました。

あらすじ

装画:福田利之、装幀:坂川朱音

この作品は近未来のどこかの国、AF(Artificial Intelligence Friend の略でしょう)と呼ばれるAIロボットのクララが、病弱な少女ジョジーの家に引き取られ、ジョジーやその家族たちと心を通わせていく物語です。
最近ではPepperなどヒト型ロボットの存在が身近になってきましたが、舞台となる近未来では、AF専門店で商品として売られるAFの中から子供たちが自分と相性のいいAFを選び、各家庭に迎え入れるといった想定です。いわばドラえもんです。ドラえもんはネコ型ですが。

感想

対話形式の進行が多い小説なので、シーンや背景を長々と説明する小説に比べサラサラと読み進めることができます。これもカズオ・イシグロ作品の特徴でしょうか。
初めから最後まで主人公であるAIロボット=AF「クララ」の容姿を端々まで想像しながら読みました。
クララのお日さまへの絶対的な崇拝心は古代の太陽神や現代の信仰心と似たところがあり、願いや祈りを持ち続けることで精神の安定を保つ純粋無垢な心の在り方を比喩しているようでした(クララは太陽光エネルギーで動くからなのでしょうけど)。
また、土屋氏による日本語翻訳が上品で美しく無駄がない。原作の英語版表現が元々綺麗なのかもしれませんが、こと、細やかな情景描写においては、後継機種にあたる上位クラスの人工知能AFよりも勝るというクララの観察力をうまく表現していました。

クララはジョジーと暮らしていくうちに、ジョジーの母親や離婚した父親、隣に住むリック少年などとも深く触れ合うことになります。
人間とロボットの大きな違いは感情の有無。と思っていましたが、クララは優れた観察力で人間の感情までも読み取り、学習して次につなげていきます。
学習能力が高いとはいえ、人工的に作られた機械に「固有の“人間らしさ”」は生まれ得るのでしょうか?
逆の目線で見ると、学習能力や観察力を放棄して生きる人間に「人間らしさ」は残るのでしょうか?

「クララとお日さま」のテーマとは

この本を読むにあたり事前にいろんな書評や考察を読みました。
この本だけでなく何か映画を観に行く時にも、あらすじやネタバレサイトなどを熟読して観に行きますが、それを邪道とする意見は多いと思います。
ですが、兎角このようなサイエンスフィクション小説においては見たこともない事物や表現が多く、その印象を読み手に委ねる箇所が多々ある。
だからこそその作品内で空想した風景や物語から得た学びは十人十色であってよいと思いますし、誰かとすり合わせて作者の意図について正解を求める必要もないと思います。

科学や文化は移ろえど人間の本質は変わらないというのが、SFの楽しいところだと思います。

情報

出版社:早川書房 (2021/3/2)
発売日:2021/3/2
言語:日本語
単行本:448ページ
寸法:14×2.8×19.4cm
翻訳:土屋政雄
装画:福田利之
装幀:坂川朱音