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池田宏写真集『AINU』

池田宏さんの写真集『AINU』を購入しました。

関係性の上に成り立つポートレート。素顔の距離感が詰まった写真集。

人の顔が見たい

去年からブツ撮りにハマってしまい家に籠ってひたすらブツ撮りをしていたのですが、今年の頭からコロナの影響で極端に人と会わなくなったため、人の顔が見たい、撮りたい欲がムクムクと。
そんなときに出会ったのが池田宏さんの写真集『AINU』でした。

池田宏さんについて

池田宏さんは佐賀県小城市出身の写真家です。
学生時代から海外旅行をしながら写真撮影をしておられ、写真家としてのキャリアをスタートしたのは2006年から。
自分もちょうど同じぐらいの世代なので、14年前といえば…多感な時期を経てひととおり色んなことを見て聞いて経験して、さてこれからどうしようという岐路に立っていた頃です。

アイヌを撮り続ける池田宏さん。- ほぼ日刊イトイ新聞

池田さんがアイヌの写真を撮るために北海道へ通い始めたのが2008年。
「まだ見ぬ世界を見てみたい」という衝動に突き動かされていた(ある意味向こう見ずな)同時期の自分とも重ねて見てしまうところがありました。
池田さんの場合はそれがアイヌに対する関心だったのかなあと。

アイヌについて私が知っていること

表紙のインパクトに興味を持ちこの写真集を手に取るまでは、「アイヌ」「カムイ」「蝦夷」など言葉は知っていても特段調べもしなかったし、民族的なバックグラウンドについての知識もほぼ皆無でした。ので、少し歴史のお勉強をしました。

~歴史のお勉強~

現代のアイヌは主に北海道とロシアに住む少数民族で、そのはじまりは10世紀に遡ります。
当時樺太から南下して北海道の半分を牛耳っていたオホーツク人を制圧しながら、徐々に全道へ進出していきました。
狩猟採集民族のアイヌと農耕民族の和人(アイヌ以外の日本人)は、それぞれの生活様式によって確保した生産物を物々交換していたそうです。アイヌは魚や毛皮を、和人は道具や嗜好品を、といったように。

アイヌとはアイヌ語で「人間」を意味する言葉で、もともとは「カムイ」(自然界の全てのものに心が宿るという精神に基づいて自然を指す呼称)に対する概念としての「人間」という意味であったとされているとおり、文化的にも信心深く濃厚な印象を受けます。
身に着けるものには独特の文様を入れ、刺青を入れる風習もありました(刺青は精霊信仰に伴う神の象徴とされる大切なもの)。

アイヌの人々を撮るということ

ある記事で池田さんが北海道を訪れたばかりの頃のお話を語られていました。

会社の夏休みを利用し、夜行バスと電車を乗り継いで、北海道の二風谷(にぶたに)という小さな集落を訪れた。そこにはアイヌの伝統家屋である茅葺きで覆われたチセ(家)が再現されており、その中ではさまざまな伝統的な習俗が実演がされていた。そこで出会ったアイヌの女性に「純粋なアイヌの方はいまもいらっしゃるんですか?」と尋ねると、即座に「純粋な日本人とはなんですか?」と聞き返されてしまった。それに僕は何も答えることができなかった。
これまで何度も同じ質問をされてきたのだろう。その時の彼女の鋭い眼差しがいまでも忘れられない。
関係性は写るのか:写真が結ぶ、池田宏とアイヌの人びと ― IMAより

関係性の上に成り立つポートレート

はっきりとは目に見えないけど確かにそこに在る壁。
閉じられたコミュニティの中に入っていくことの難しさ。
そこに足しげく通い、相手の生活に溶け込むことで少しずつ心を分かち合ってゆく。

池田さんがアイヌの人々と会話と時間を積み重ねることにより、次第に距離を縮めていった10年間の集大成がこの写真集には詰まっている気がします。

顔を撮るのは(撮られるのも)緊張するし苦手だけれど、相手とのやりとりの間に生まれる素の表情。人種や文化、年齢や性別さえの枠組みを超えて打ち解けたときに初めて見せる顔こそ、日常を切り取った貴重な一枚なんじゃないかと。
そんな、作りものじゃない一瞬を何かで残せるように頑張りたいなあと改めて思った一冊でした。

情報

A4変型タテ/上製/ハードカバー128ページ(カラー112ページ・写真98点)
出版社:リトル・モア
著者:池田宏
デザイン:落合慶紀
編集:浅原裕久

池田宏写真集『AINU』